2010年7月31日土曜日

特別寄稿『ブエノス風ミロンガ』
日本のミロンガにカベセオを取り入れる試みについて。10TANGOリニューアル特別企画。


10TANGO.COMのリニューアルを記念し日本のミロンガの現在にカベセオ(Cabeceo)を取り入れる試みついて、日本でアマチュアながらイベント・オーガナイザー、ダンサー、ミュージシャンとしてタンゴ界を見つめる阿部修英氏が記事を特別寄稿。

【特別寄稿:ブエノス風ミロンガ】


タンゴを愛する皆様、こんにちは。

2010年7月31日に「ブエノス風ミロンガ」というミロンガを開催しました、阿部修英と申します。


「ブエノス風ミロンガ」は、第1回を今年3月1日に田園調布で開催し、今まで日本では馴染まないと考えられていた カベセオ(目で相手を誘い合う風習)をゲーム感覚で取り入れた新しいミロンガとして大きな反響を呼びました。今回は、さらに少し工夫をこらして、第2回です。


ミロンガというものはブエノスアイレスで生まれたものですが、何故わざわざ「ブエノス風」と呼ぶのか?という方もいらっしゃるかもしれません。それ から、そもそも今は多様化しているタンゴを「ブエノス風」などと一括りにするのは不勉強だという方もいらっしゃるかもしれません。


■『ブエノス風』とは?

この企画「ブエノス風ミロンガ」で表現したい「ブエノス風」なミロンガとは、ブエノスアイレスにおけるミロンガの風習のうち、敢えて日本では浸透し ないと考えられているものをゲーム感覚で取り入れたミロンガとお考えください。ブエノスアイレスで行われているものを、ただブエノスアイレスのものだから と受け入れるのではなく、何故それがブエノスアイレスで行われているかを皆で考えていきたいという意味での試行実験です。


日本でアルゼンチンタンゴと言えば、古くからタンゴ音楽・歌謡曲としてのタンゴ歌曲がクローズアップされ、一方でタンゴダンスといえば、そのような コンサートの途中で踊られる派手なショー的なタンゴが、圧倒的に多くの人に印象付けられてきました。もちろん、サロンとして踊られるタンゴもありました が、どことなく以前から日本人に馴染みがあった社交ダンスに似た様式やマナーが取り入れられてきました。アルゼンチンから持ち帰られた「タンゴ」は、それ ぞれの形で日本人にあった形で発展してきています。


近年の日本のミロンガを雰囲気で分類するならば、①小さな空間でホームパーティのような雰囲気を楽しむミロンガ。②お昼や夕方などに開催される、カ ジュアルな雰囲気で気ままに踊るミロンガ。③ホテルのラウンジやクラブなど、都会的な非日常を演出することでエレガントさを強調するミロンガ。①~③それ ぞれでドレスコードや雰囲気はかなり異なるものの、様式やイベント内容は画一的であり、マナーについては一概に海外に比べてかなりラフです。選曲について はタンダやコルティーナを組まないミロンガが一般です。


あまり評判の良くないマナーに関して、海外から来るダンサーが困惑することの一つに、ミロンガにおけるダンサーの誘い方があります。日本では、海外 のどこのミロンガでもあることですが、誘う際に相手の目の前まで行って誘います。ただ日本人の性格的な問題もあるのか、踊り相手から誘われても「お断り」 することは稀です。それだけに、基本的に断られないことを前提に行動するダンサーも多く、場合によっては承諾も得ないまま相手の手をとって踊り場まで引っ 張って行ったり、目の前でOKするまでずっと待っていたりする場合もあります。このようなこともあり、誘うときには一般に必ずしも誘われた側が希望する相 手ではなくても踊りが成立しています。また、踊り終えた時に女性をエスコートして帰るようなことも稀です。


近年、日本のタンゴ演奏者やタンゴダンサーが海外でも活躍すると共に、ブエノスアイレスなど世界のタンゴについての情報が日本にも詳細に伝わってく るようになりました。私の身近にも、タンゴの全体像や本質、演奏についての好みや曲の歴史についての議論、そしてミロンガについても、選曲、誘い方や踊り のスタイルやマナー、服装、雰囲気などについてなど、より多様な目線で良い物を追求しようという機運が高まってきているようです。




■カベセオ


そんな中、「ブエノス風ミロンガ」が「踊りたいと思う曲を、踊りたいと思う相手と踊れるような仕組み」として注目したのが、ブエノスアイレスの一部のミロンガで採用されているカベセオという合意のプロセスでした。

+「ブエノス風ミロンガ」の舞台づくり

桑原和美先生がカベセオが行われる様を表現されています。

「部屋の隅と隅に座った男女が、赤い糸で結ばれているかのように近づいていき、踊り場でめぐり合う」

そんなロマンティックな情景を、私たちは思い描きながら、今回の舞台を作りました。

このミロンガでは、日本の通常のミロンガでは行われない風習カベセオを採用していることで、相手との接し方がいつもと大きく変わりそうです。カベセ オを如何に成功させるかということ、そしてカベセオで男女がめぐり合った瞬間を、如何に美しく演出するか?そこを徹底してこだわることにしました。

カベセオを成功しやすくするために「ブエノス風ミロンガ」では、日本のミロンガでは今まで見られなかった二つの工夫をしています。

一つ目は、座席を男性席・女性席に分けたという点です。かなり極端な座席になりますが、これはブエノスアイレスで実際に行われているミロンガのレイ アウトを参考にしました。二つ目は、日本独特のワイン置き場を男女別に配置した点です。ミロンガの片隅にワインやソフトドリンクなどが置いてあることは日 本ではよく見られて、海外ではあまり見られないことです。日本では、ダンサーの多くがワイン置き場にたむろして、そこでもまた断りにくい状況が発生してい ます。この2点で、踊るためには基本的に座席からカベセオをして誘わざるを得ない状況を作ってみました。ただし、前回採用したモッソ(いわゆるレストラン におけるボーイ)については、人手がかかる割りに効果的でないという意見があり、今回は採用していません。


また、カベセオで男女がめぐり合った瞬間を美しく演出するために、次のような5つのこだわりを持ちました。

1.エスコート

今回はゲーム感覚での異文化体験を楽しんでいただくという目的で、カベセオが成立したら男性が近くまでエスコートしにいき女性を誘い、そして、踊り 終えた後にまた元の席にエスコートしに帰るということをルール付けました。後から知ったことですが、日本以外の海外のミロンガでは、このような光景は日常 的に見られるそうですね。

お客様が入場する時には、私どもスタッフが座席までエスコートさせていただきました。

2.選曲

選曲としては、Orquesta Tipica VictorのAdios Buenos Aires、Osvaldo FresedoのBuscandote、Jose Garcia の Esta Noche de Lunaなど、古典タンゴの中でも比較的明るい曲調で、日本の皆さんにも馴染みのある曲を中心にセレクトしました。コルティーナの長さとしては、エスコー トの時間を考慮して、少し長めの1分5秒(曲を1分+空白5秒)と設定しました。

3.色使い・明るさ・アート

日本では、ミロンガはできるだけ黒く真っ暗な部屋で行うものだと考えられていますが、カベセオがしやすい明るさを考慮して、部屋の中をシャンデリア に吊るされた白熱灯でやさしく灯しました。そして、明るくなることで目に入ってしまう、座席など会場の備品に、男性席側を黒、女性席側を赤、カップル席に 青という、色使いで統一しました。

4.一体感・距離感

カベセオを採用したミロンガにふさわしい一体感と距離感を醸し出すための空間作りに徹してみました。踊り場の四方を机で囲い、その距離は出来るだけ近く、男女が見つめあいやすいようにしました。

5.サロンのエチケットに関するルール

最近、日本ではダンスのエチケットに関する議論が盛んになっていますが、今回のミロンガでは敢えてエチケットに関しては言及せず、自然にみなで作り上げる雰囲気を大事にしました。必要あれば次回以降にルールを設けようと思っていましたが、結果的には必要なさそうです。


■ミロンガの様子


ミロンガには主旨をご理解いただいた60人もの皆さんが遠路はるばる駆けつけて下さいました。


一番のイベントにおける懸念点であったカベセオについてですが、「カベセオをする」という意識をもちさえすれば、日本でもカベセオが成立できるということが分かりました。その点では成功と言えると思います。


ミロンガにて今回の企画についてアンケートを実施し、回収率は約50%でした。多くの方が、あのようなミロンガもあって良いかもしれないという意見をお持ちでした。


肯定的な意見としては、カベセオのお陰で踊ったことがない方とも踊ることが出来た、あのシステムのお陰か分からないがフロアーマナーがそこそこ良かった、 「カベセオ」というと誇張しすぎだけれどその精神を活かした方法を取り入れていくと良いかも、席があると落ち着く、フロアー全体が明るくて良かった等々。 否定的な意見としてはやはり誘いずらい、目が合わない、対面はやり過ぎでは、踊る場所が狭い、会議室の机はムードがないというもの。が挙げられました。カ ベセオでなかなか目が合わなくなることについて、「断られた」と感じる方もいれば、カベセオ自体が「難しい」と感じる方もいました。多くの方から、慣れる ことが重要だという意見が得られました。


最近、コルティーナを採用するミロンガが増えてきて、次のような事態が発生してきました。コルティーナで一旦踊り場から座席に戻ることは良かったの ですが、そのタイミングでお目当てのダンサーの元に殺到するようになりました。このような状況に秩序を齎すためにはやはり、カベセオに限らずともカベセオ に見られるような男女双方から合意を得て踊り始めるという心構え、があれば良いなと、一人のダンサーとして思います。そして今後、日本のミロンガでカベセ オが成立するようになるかは分かりませんが、男女が心地よく踊るために、少なくとも合意があるのはもちろんのこと、踊る相手への敬意や共感などがミロンガ 全体に溢れ出すようになると素敵だと思います。次回の「ブエノス風ミロンガ」では、そのような雰囲気を探求していきたいです。





■これからの可能性


今の日本のタンゴにおいては、おおまかに3つのタンゴ普及活動があると考えています。

1つ目は、タンゴへの間口を広げていこうとする活動。このような活動は今活発に展開されていて、既にとても多様なものがあり、どんどん芽を出している活動があると思います。


2つ目は、選手権やパフォーマンス発表会など、技術論や方法論を成熟させる目的の活動です。これらには、明確な共通の指標があって、これに向けて今 多くのダンサーが技術の習得に励んでいます。2年連続で世界チャンピオンが生まれるなど、その活動は世界でも着目されています。


3つ目は、既にタンゴに慣れ親しんでいる人のため、継続的にタンゴを楽しむための土台を作ったり、新しい楽しみの創出をするような活動です。


日本のタンゴに足りないものは、この中で1つ目および3つ目の活動だと思います。特に3つ目の活動については、たくさんの人がタンゴに興味を持って くれた後にタンゴに根付いてくれるために重要な受け皿だと思いますし、それが今はまだ正しく機能していない面があると思います。だから今回のミロンガに関 しても、単にマナーやエチケットを改善したいということだけでなく、何故それを改善したいのか?ということを一人一人が考えていけることが大切だと思いま す。私個人の考えとしては、タンゴをもっと楽しもうとする気持ち、そしてタンゴ自体の面白さを追求していきたいという気持ちがあれば、それは自然に生まれ るものだと思いますし、それは必要以上に束縛を与えるものではないはずだと思います。そういう気持ちを持って、今後も着眼点を少しずつ変えながら、タンゴ の楽しさやエッセンスをアマチュアの立場から追求していけるように、企画を行っていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

最後に、当日のお手伝いや沢山参考になる情報をいただきました BakutangoのBakuさんTeresaさん、当日のお手伝いやいくつもの建設的なアドバイスを頂きましたサニーさん、ブエノスアイレスからカベセ オに関する動向や雰囲気に関する貴重なアドバイスを頂きました Tangueros Unidos のチノさんミホさん、そして妻の朋子に、この場を借りてお礼申し上げます。


文責:阿部修英



阿部修英氏: 
コミュニティ『fantango.jp』 を主宰。fantango.jp では、日本から世界23ヶ国語で、タンゴを踊る人、弾く人、歌う人のための情報を発信する。
日本では、東京を拠点にダンスの練習会やミロンガの開催、歌詞の勉強会やタンゴに関する座談会などの企画などを行なう。